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國學院大學法学会叢書3
ドレーフュス事件とジャン・ジョレース
横山謙一 著
ドレーフュス事件とジャン・ジョレース
発 行2020年2月28日
税込定価7,700円(本体7,000円)
判 型A5判上製
ページ数364頁
ISBN978-4-7923-3394-2
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■内容紹介

[目 次]

はしがき「ドレーフュス事件とジャン・ジョレース」の刊行に寄せて……i

序章 ジャン・ジョレースのドレーフュス事件との出会い……1

第1章 ドレーフュス事件史の概観と時期区分……9
第1節 はじめに──問題の設定と時期区分──……9
 第1項 問題の設定──ドレーフュス事件が意味するものを考える──……9
 第2項 時期区分の一試論……13

第2章 ドレーフュス事件の時代のフランスの国内政治と国際政治──露仏同盟の締結から第1次モロッコ事件までのフランス政治とジャン・ジョレース 1893年-1906年──……17
はじめに……17
第1節 1893年から1898年までの「プログレシスト」政権とフランス政治……19
 第1項 「ラリマン(加担)Ralliement」政策とパナマ運河汚職事件……19
 第2項 「プログレシスト」政治の時代の政権と政策 1893年-1898年……28
第2節 1898年総選挙の結果とヴァルデク-ルソー政権樹立までの道のり……31
 第1項 1898年総選挙の結果とメリーヌ内閣の辞職……31
 第2項 アンリ・ブリソン内閣の成立と1898年7月7日のカヴェニャックの議会演説……32
 第3項 第4次・第5次シャルル・デュピュイ内閣とフェリックス・フォール大統領の死……34
 第4項 ヴァルデク-ルソー「共和政防衛」政権の成立とドレーフュスへの特赦令……35
第3節 エミール・コンブ政権の誕生と政教分離政策……40
 第1項 1902年代議院議員総選挙での急進党の圧勝……40
 第2項 コンブ内閣と「左翼ブロック」の結成……44
 第3項 「1901年の結社法」とコンブの反教権政策……46
 第4項 コンブ内閣と教皇庁との国交断絶:「政教分離法」への途……48
 第5項 デルカッセ外交と「英仏協商(アンタント・コルディアル)」の締結……50
 第6項 アンドレ陸軍大臣とコンブ内閣:アンドレによるドレーフュス事件の解明とフィッシュ事件によるコンブ内閣の退陣……51
第4節 モーリス・ルーヴィエ政権と1905年の政教分離法と第1次モロッコ事件……53
 第1項 1905年の政教分離法とルーヴィエ政権……53
 第2項 第1次モロッコ問題(タンジール事件)とルーヴィエ政権……55
第5節 サリアン内閣とドレーフュスの無罪判決……58
第2章の結びとして……59

第3章 初期ドレーフュス事件の歴史季;〇暇屠槁瑤痢嵬精拿Bordereau」入手からドレーフュス流刑まで──……62
第1節 参謀本部の「明細書Bordereau」入手と捜査の開始……62
第2節 ドレーフュス裁判の開廷と判決……73
小括……78

第4章 初期ドレーフュス事件の歴史協; 岼魔島Île du Diable」のドレーフユス──……80
第1節 後日談──ドレーフュス「自白」の噂とその顛末……80
第2節 悪魔島Île du Diableの流刑囚ドレーフュス……85
小括……95

第5章 再燃するドレーフュス事件──「ドレーフュス派Dreyfusards」の形成過についての一考察──……98
はじめに 「ドレーフュス派」の形成過程……98
第1節 マチュー・ドレーフュスとベルナール・ラザールの邂逅……100
第2節 フランスのユダヤ人社会とベルナール・ラザールの政治的社会化……110
第3節 近代フランスにおけるユダヤ人問題──フランス革命からドレーフュス事件へ……114
第4節 プティ・ブルー(青色封緘電報)とピカール中佐……121
第5節 「アンリ偽書faux Henry」の作成1896年10月30日-11月1日……128
第6節 シュレール-ケストネル元老院副議長の登場……130

第6章 1898年のドレーフュス事件とゾラ裁判──ゾラの「私は弾劾する!」と「ゾラ裁判」をめぐって──……136
はじめに……136
第1節 フランス社会主義運動とドレーフュス事件……136
第2節 1898年とドレーフュス事件……139
第3節 高等師範学校卒業生とドレーフュス事件……142
第4節 エステラジー無罪放免とエミール・ゾラの「私は弾劾する!J’accuse!」……146
第5節 ゾラ裁判とドレーフュス再審派……157
第7章 カヴェニャック演説とジョレースの「証拠」……165
第1節 1898年7月7日のカヴェニャック演説……165
第2節 ジャン・ジョレースの「証拠」……172
小括……194

第8章 レンヌ裁判とジャン・ジョレース──1899年のドレーフュス事件とジャン・ジョレース──……196
第1節 レンヌ再審裁判の前提となる事実経過……196
 第1項 事件の経過 カヴェニャック演説からアンリの自白と自殺まで……196
 第2項 再審請求と破毀院……198
第2節 レンヌ裁判の始まり……201
第3節 レンヌでのジャン・ジョレース……207

第9章 レンヌ判決以降のドレーフュス事件とジャン・ジョレース──1903年4月6日・7日の代議院Chambre des députésでの演説まで──……220
はじめに──レンヌ裁判以降……220
第1節 大統領特赦令が出されるまで……220
第2節 1900年の恩赦法……225
第3節 1903年4月6日・7日の代議院でのジョレースの演説……227
小括……231

第10章 1906年の破毀院最終判決とドレーフュスの無罪確定……233
はじめに……233
第1節 アルフレッド・ドレーフュスの2回目の再審請求……235
第2節 エミール・コンブ急進党政権の樹立と陸軍大臣のあいつぐ交代……236
第3節 1906年7月12日のドレーフュスの破毀院での無罪判決まで……239
小括……241

第11章 断章──エステラジーの謎 前篇 1896年まで……242
はじめに……242
問題の所在……243
第1節 謎のエステラジー──ヴァルサン-エステラジーWalsin-Esterhazy少佐の簡潔な経歴……244
第2節 国立公文書館の3つの資料……251
小括……264

第12章 断章──エステラジーの謎 後篇 1897年-1923年……265
はじめに──前段階:「プティ・ブルー」発見まで──……265
第1節 「ル・マタン」紙の「明細書」の公表とカステラン議員の対政府質問……266
第2節 「エスペランス(希望)」の手紙とモンスーリ公園での待ち合わせ……270
第3節 エステラジー裁判……273
第4節 偽電報事件と破毀院刑事部予審での証言……277
第5節 ロンドンでの逃亡生活──後日談……280
第6節 世紀のいかさま師エステラジーの最期……281

第13章 ドレーフュス事件研究の歴史──論争の歴史を中心に──……283
はじめに……283
第1節 同時代のドレーフュス再審派と反ドレーフュス再審派のドレーフュス事件についての著作と回想録……284
 第1項 同時代のドレーフュス再審派のドレーフュス事件についての著作……284
 第2項 同時代の反ドレーフュス再審派のドレーフュス事件についての著作……290
第2節 1906年のドレーフュス無罪判決から第2次世界大戦開戦までのドレーフュス派
と反ドレーフュス派の歴史家たちによる初期のドレーフュス事件史……293
 第1項 反ドレーフュス派の歴史家たちによる初期のドレーフュス事件史……293
 第2項 ドレーフュス派の歴史家たちによる初期のドレーフュス事件史……295
第3節 モーリス・パレオローグの『ドレーフュス事件の日記』をめぐる論争……302
第4節 第2次世界大戦後今日までの歴史家たちによるドレーフュス事件の論争と研究の歴史……305
結びとして……316

第14章 ドレーフュス事件の真犯人さがし──モーリス・パレオローグの『ドレーフュス事件日記』をめぐって──……318
はじめに……318
第1節 第3の犯人捜し……318
第2節 アンリ・ジスカル-デスタンのメルシエ説……322
第3節 マルセル・トマ著「ドレーフュスなきドレーフュス事件」:「第3の犯人」の伝説と神話……324
第4節 アンリ・ギルマンのソーシエ説……327
第5節 本章の結びとして 未だに出ない決定的証拠と結論……331

終章 本著の結びに代えて……332

あとがき……335

ドレーフュス事件の資料と文献……341





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